« ( ´Д`)∩ < 先生!!またHDがパンパンです。 | メイン | 秋の番組改変期 »
2004年09月21日
松本零士は宮沢賢治に創作造語使用料を払え
watch impress によると、デジタル時代の著作権のあり方について、著作権や著作隣接権を持つ権利者側の団体が一堂に会して啓蒙・普及を行なうことを目的とした「著作権フォーラム」(東京都行政書士会主催)が、17日に東京・有楽町のよみうりホールにて開催されたらしい。
まあ、いつものように著作権を持つ側が自分たちの都合のいいように著作権法を改正してほしいなどと自分勝手なことをほざいておるわけですが、
まず、この人たちは著作権の目的とは何かからまず勉強してほしい。
著作権とは、著作権法の第一章「総則」の第一節「通則」にその目的が記されていて、
第一条
この法律は、著作物並びに実演、レコード、放送及び有線放送に関し著作者の権利及びこれに隣接する権利を定め、これらの文化的所産の公正な利用に留意しつつ、著作者等の権利の保護を図り、もつて文化の発展に寄与することを目的とする。
つまりはですね、著作権者の権利を保護することによって、文化の発達に寄与することを目的としているわけで、著作権者の利益の保護じゃないわけですよ。
その点を踏まえて各人の言い分見てみます。
「著作権の保護期間は国によって多少の差があるため、ある国ではまだ権利が残っている曲を、すでに権利期間が終了している別の国から配信するといった行為が可能になっているが、これは文化に対する破壊的行為だ」(JASRAC業務本部副本部長の菅原瑞夫氏)
えーと、まずなぜ著作権が切れた楽曲を配信することが文化に対する破壊行為なのか、よくわかりません。
著作権切れの楽曲を配信することで、今までお金を払うことでしか聞けなかった曲を広くみんなが聞くことができて、その曲にインスピレーションを得た他の作曲家がさらに良い曲を生み出すかも知れないじゃないですか。なぜそれが文化の破壊なのか?まあ、"文化に対する破壊行為"ってところを、"JASRACの利益に対する破壊行為”と置き換えるなら意味は通りますけどね。w)
まあ、こういう主張は著作権ゴロが今までどおりの主張を繰り返しているに過ぎないので、
特に目新しいことはないのですが、今回我が目を疑ったのが、
松本零士氏のこの主張
”現行著作権法では「作者の死後50年」となっている保護期間を「本音は死後120年ぐらいにいっぺんに延ばしてくれればいいが、そんな無茶は言えないので、まずは速やかに死後75年に延ばして欲しい」「自分が描いたマンガの中で自分が苦労して編み出した言葉、いわば『創作造語』とでも言うべきものが簡単に盗用されてしまう」「というより、現在はそれの盗用を著作権法上防止する規制がないので、盗用という意識すらない」と語った上で「このような『創作造語』についても早急に著作権で保護するような制度を整備して欲しい」 ”
これはもう、なんと言っていいか・・・。
自分の作品が誰の手も借りず、完全に自分自身の手によってゼロから創作されたとでも
思っているのでしょうか?
創作物というのは完全にオリジナルのものは存在せず、どのような創作物も過去に作られた
作品の存在抜きには成立しえません。
自分たちは思う存分過去の作品を土台にして作品を作っておいて、いったんそれが
出てしまうと「自分の作品をタダで利用することはまかりならん。著作権法の保護期間も短すぎるから
もっと伸ばせ」ですか。さらには「俺の作った言葉は俺のもんだ。これも著作権で保護して俺に金が入るようにしろ」ですか。
松本先生がそういう主張をなさるからには、著作権改正のあかつきには、当然宮沢賢治氏に
「銀河鉄道」の創作言語の使用料をお払いになるのでしょうな。
なにしろ宮沢賢治は1933年の没年ですから、現在の著作権法ではすでに保護機関は過ぎてますが、先生御主張の死後120年が適応されるならまだまだ著作権はありますし。
え?俺の作品は著作権法改正前だからいいんだ。って?
いやいや、同じフォーラムにご参加の、日本写真家ユニオンの丹野章氏によると、”一度権利が切れた写真についても、現行著作権法の規定の範囲内で権利を復活できないかという要望”があるらしいですよ。
で、最初の話に戻りますが、本来著作権法は、 「文化の保護」を目的としてるのであって、
この趣旨を理解していれば、上のような主張は出て来ようはずもなく、
現在の著作権法では権利者の権利ばかりが主張され、そこから生まれるであろう
2次著作物の誕生、発展を明らかに阻害しているわけです。
グリム童話の著作権がずっと切れなければ、果たしてディズニーは「白雪姫」や「ピノキオ」を
作ったでしょうか?
宮沢賢治が「銀河鉄道」という言葉を自分の創作言語として登録しその使用料を求めていたら、
「銀河鉄道999」は生まれたでしょうかね?
権利者の権利をどんどん強めることにより、著作権法は本来の目的から離れ、
逆に”文化の発達”を阻害してはいませんか?
この点に気づいていながら、権利者が現在の主張を繰り返すのであれば、
なんとも救いようのない話です。
--------------------------------
関連
今日の二発目「吉川氏と行政書士会との癒着」[ふっかつ!れしのお探しモノげっき
さん]
投稿者 razor_sharp : 2004年09月21日 20:46 | [EDIT]
このエントリーの絶対パス:
http://razor.s79.xrea.com/weblog/archives/2004/09/post_73.html
トラックバック
このエントリーのトラックバックURL:
http://razor.s79.xrea.com/cgi-bin/mt/mt-tb.cgi/85